交換不可能
進路先を決める頃だが、みんなは、自分に合う仕事や進学先がどこなのかということで決めようとするから、「自分に合うところがないんですよね。」と言って進路先が決まらない。しかし、自分にぴったり合う仕事先や進学先なんていうものはこの世に存在しない。
私は20年間仕事をしているけれど、この教師の仕事が自分にぴったり合っている、向いていると思ったことは1度もない。毎年必ずある時期になると「むいてないなぁ。」とか、「やめたいなぁ。」と思う。しかし、なんで20年間も続けられているのかというと、仕事に自分を合わせているからだ。
もし、教師が自分にぴったりと向いている仕事であったとすると、転職したら別の仕事はできないということになる。私がこの仕事を辞めて、別の仕事に就いたとしても、その仕事を何とかやっていける自信はある。というか、自分の能力は、その仕事に折り合いを付けて、「楽しみ」としてやっていけるものだと思っている。
だから、仕事なんてものは、自分に向いている仕事を探すのではなく、自分をその仕事に向かせられるかどうかで決めるものだ。ぴったりあった仕事なんてものはこの世に存在しないと思ってほしい。
そして、自分を仕事に向かせて、自信が「交換不可能」な存在になってほしい。例えば、フリーターになって、コンビニでアルバイトをしたとする。その人は、他の人と交換可能だ。突然やめても「ああそうですか。」で、次のアルバイトに変わるだけだ。そのような仕事をしていたら、ワーキングプアという今問題になっている、住むところもなくネットカフェで寝泊まりするような人になってしまう。
その仕事で自分が何を発揮できるかを考えて、他の人とは「交換不可能」な存在になってほしい。「この人じゃなければならないんだ。」「この人なら期待以上の仕事をしてくれる。」という人になってほしい。
今やっている現代文の課題もそうだ。「自分はわからないから。」と言って課題を諦めるようだったら、「自分は向いていないから」と言って仕事を辞めるのと同じだ。その課題に自分を向かわせる、何とか折り合いを付けて課題として形にして提出してほしい。そういうところで、自分を向かせるという能力が養われていくはずだ。
何とか折り合いを付けて、課題を作り、提出してほしい。