街場の文体論

これはフランス人の階層社会が生み出した病気だと思います。「知りません」という言葉を口にできない。「知りません。教えてください」という言葉を口にすることは恥だと思っている。駅でも、郵便局でも、ホテルのレセプションでも、レストランでも、観光客相手の接客をするのは、申し訳ないけど、階層上位の人ではありません。彼らは「知らない」と「教えてください」を口にすることを制度的に禁圧されている。そのセンテンスを口にすると人に侮られ、いらぬ借りを作ってしまうと信じている。でも、僕たちが社会的な上昇を果たしたいと思えば、現実的には方法は「それ」しかないんです。自分が何を知らないかは、何ができないのかを正確に言語化し、自分に欠けている知識や技能や情報を有している人を探し出して、その人から教えを受ける。「知りません。教えてください。お願いします」。学びという営みを構成しているのは、ぎりぎりまで削ぎ落として言えば、この三つのセンテンスに集約されます。自分の無能の自覚、「メンター」を探り当てる力、「メンター」を「教える気」にさせる礼儀正しさ。その光は整っていれば、人間は成長できる。(文春文庫 pp.132-133)ミシマ社,2012.5